世の中そんなに甘くない?

ウェブ進化論」の梅田望夫さんが自身のブログでとてもいいことを書いておられたのでメモ。

こんなまともなことを言う大人の人、久々に見た。
って、梅田さんがおそらく語りかけている対象であるはずの若者のぼくがそんなこと言うのもなんだけど。

ぼくは常々、「世の中そんなに甘くないよ?」という大人の人は信用ならないと思ってきた。
本当につらい思いをしてきて親心からそう言うならともかく、たいていこの言葉が使われるときの文脈というのは、「なんて生意気なことを」とか「そんなことしてなんになるの?」とかそういう場面が多いからだ。でもそれって、自分の地位・立場を守りたいがためだけの言葉なんじゃないか。

だから、ぼくが「大人」という言葉を使うときには、いつもある種の軽蔑が含まれている。そんな大人になるくらいなら子供のままのほうがましだ。

ずっとそう思っていたから、梅田さんのような人がこんなことを言ってくれるのはほんとうにうれしいし、逆にそうだそうだ!なんて言ってる場合でなく、真摯に受け止めなければならないことだと思う。

だけど、かといってすぐに行動に移せない自分がいるのも確かなわけで……。

なるほど、人はそうやって大人になっていくのか。
そんな大人になんかなりたくないけど。

28mmファインダー SLOOZ

月曜日、M5を買いに行く」の続きを書かないままに、さらに新アイテムを手に入れてしまった。
というわけでM5の話はいつか書くとして、最近手に入れた28mmファインダーの話。

念願の28mm外付けファインダー「SLOOZ」。
実は横浜に行く前(つまり4月の半ば)には手に入れていたのだけど、ばたばたしていて書けなかった。
M5を買ってから、もうしばらくはカメラ機材は買わないと心に誓ったのに、1ヶ月も経たないうちにこの有り様……。
しかし、この手のアクセサリは手頃な価格のものがいつでも手に入るわけではないので、いい出物があったときにはたとえそれが大きな買物をした直後であっても取り押さえておかなければならない(かなり大げさ)。
外付けファインダーはコシナレンダーの丸形のものを持っていたのでとりわけ必要というわけではなかったのだけど、ながく恋い焦がれてきたSLOOZが手頃な価格で売られているのを見つけてしまったのつい……というわけだ。
ちなみにお値段は4万弱。コンディションのいいものになると10万近い値段がつけられることもあるのでお買い得だったと思う(と言い訳)。





コシナと比較。けっこう大きい。




後ろから見たところ。




対物側の四角いガラス。

さて、このファインダー、発売は1960年代でズマロン28mmや初代エルマリート28mmの頃のものだ。型番は「SLOOZ」と「12007」とがあるようだけど詳しいことはわからない(便宜的にSLOOZと呼ぶことにする)。
数ある外付けファインダーの中でも最も造形が美しく、エルマリートとともにM型ライカに装着したときの姿はこの世でいちばんかっこいいのではないかとさえ思う。
シルバークロームとブラッククロームの2タイプがあるが、ぼくは断然ブラックのほうが好みだ。
さらに接眼部分がシルバーのものとブラックのものがあるのかと思っていたら、これはアイピースの部品がとれてしまったということらしい。写真の通り、ぼくのSLOOZもアイピースがとれてシルバーになっている。

手に取ってみると、意外なことに重量は軽く、コシナの半分くらいだ。中にびっしりガラスが詰まっているのかと思っていたけれどそうでもないらしい。
対物側のガラスの角が直角になっているのが特徴で、当時この四隅が直角のガラスを作るのに相当な技術が必要だったという話を聞いたことがある(ソース失念)。
ファインダーの見え具合はそこそこといったところで、残念ながらコシナのほうに軍配が上がってしまう。樽型の歪曲もけっこう目立つ。
しかし、このファインダーの価値は、純正アクセサリであり装着したときの見た目が美しいという点にあると思うので見え具合はほどほどでよしとしようと思う。

そんなわけで、ついに念願のエルマリート28mm + SLOOZという組み合わせが実現した。あとはたくさん写真を撮るのみなのだけど、あいかわらず部屋の片隅で待機していて持ち出すのももっぱら晩酌のときのみ……なのは言うまでもない。

映画「雲南の少女 ルオマの初恋」


元陽の棚田 2001年3月撮影 PENTAX LX / FA☆24mm F2

2002年に雲南省元陽を舞台に撮られた映画「雲南の少女 ルオマの初恋」がこの夏日本で公開されるらしい。

元陽といえば、このブログでも出てきているのでご存知の方もいらっしゃるかと思うけれど、雲南省の省都昆明から南に300kmほどいったところにある棚田の町だ(以前の記事はこちら)。
このあたりはハニ族と彝族の自治州で、映画もハニ族の少女が主人公になっている。
ちなみに、「元陽」は中国語で「ユエンヤン(Yuanyang)」と読むのでぼくらも「げんよう」と言わず「ユエンヤン」と呼んでいた。

元陽に関しては写真家の青柳健二さんが詳しいのでそちらをどうぞ。

さて、この映画、予告編を見るかぎり、かなりよさそうなのだけれどどうなんだろうか。この手の映画でいくと「山の郵便配達」とか「初恋の来た道」並みの傑作なんじゃないかとひそかに期待している。

が、しかし、劇場情報を見ると関西での上映がない……。
6月から東京都写真美術館でスタートするようなので、リベンジを兼ねて東京行ってみようか?

追記

2000年にぼくが行ったころは外国人観光客なんて1組か2組くらいの鄙びた町だったのだけれど、いまはこんなふうになっているらしい。

ここのビューポイント(勐品)は市街地からけっこう離れているので、ぼくは普通のバスに乗って途中で降ろしてもらって、ひとっこひとりいない幹線道路を歩いて辿り着いたのを覚えている。
いまでは観光バスが往復してるんじゃないだろうか。

町には外国人が泊まれる招待所がひとつかふたつあったが、ちょうどそのころ香港人バックパッカーのタムというお兄ちゃん(青柳さんとも仲良しらしい)がゲストハウスをはじめところだった。
きっと彼の宿はいま大繁盛しているに違いない。

というわけで、懐かしネタを書いてしまったけれど、やっさん見てますか?

望遠レンズ

今日ふと思い出した話。
大学を休学して1年旅行する直前に、父がこんなことを言ったことがあった。

「望遠レンズって高いんだろ。父さんが買ってやるから持って行きなさい」(方言は補正)

いままで写真とかカメラのことに一切口を挟まなかっただけに、いきなりそんな話が出てきてびっくりした。
写真のことにあまり関心のない父からしたら、「憧れのレンズ=望遠レンズ」というふうに思っていたに違いない。精一杯の粋な計らいだったのだろう。

ぼくは、そのときからすでにレンジファインダー派になっていたし、望遠には興味がなかったのだけど、もちろんその場では反論しなかった。そのとき使っていた一眼レフはペンタックスのLXだったから、FA☆200mmなんていいなぁとも思った。まあ買ってもらえるんだったら望遠の1本でも持ってて損はないだろう。

あとから母が、これでその望遠レンズとやらを買うようにと5万円くれた。そして、くれぐれも他のことに使わないようにと言った。
嬉しかったけれど、同時に悲しくもあった。正直なところ5万円では、廉価版の望遠レンズくらいしか買えそうになかったからだ。

親父に悪いなぁと思いながら、結局ぼくはそのお金でMマウントのMロッコール28mmを買った。
前玉が曇っていたのでなんとか5万円以内でおさまった。

案の定、旅では28mmが活躍した。
父の思いとは裏腹に、ぼくは広角レンズでたくさん写真を撮ったのだった。

もう7年以上も前のことだからすっかり忘れてしまっていたけれど、今日中古カメラ屋のサイトで200mmのレンズを見つけて急に思い出した。
あのとき200mmのレンズを買っていたら、ぼくはいまとは違う写真を撮っていたのかもしれない。
いまはとっては微笑ましい思い出だ。

父はあのときのことを覚えているだろうか。

横浜を満喫


RICOH GR DIGITAL + DW-1

結局昨日は、東京まで足をのばせず横浜市内をひと通り見てまわって1日が終わってしまった。
でも、これでもかというくらい横浜を観光してきた。ツアーとかで行くよりもよっぽどハードなスケジュールだったじゃないかと思う。

ちなみに今回はほとんどの写真をモノクロフィルムで撮ったので、いまのところ掲載できるのはラーメン博物館の写真くらい。
のちほどスキャンしてギャラリーにアップしたいと思う。
持っていったカメラは、

・M5 + ズミクロン50mm + ACROS
・M4-2 + エルマリート28mm + ACROSS
・TVS III + KR
・GR DIGITAL + DW-1

というか、どんだけカメラ持ってきているのかと……。
仕事用で持ってきていたE-1はカメラバッグごとコインロッカーに入れて使わなかった。

さて、2日目の夜は新横浜近くに泊まっていたので地下鉄で関内へ。
まずは開港資料館を見学。横浜開港の資料が多数展示してある。開港当時の横浜周辺の様子がよくわかっておもしろかった。
そのまま海辺へ出て大桟橋と山下公園へ。天気は薄曇りでたまに日が差すくらいだったが、風が強かったのでさくさく歩いてすぐに中華街へ向かった。

中華街で昼食。よくテレビや雑誌に出てくる有名なお店は結構な値段がする上にものすごく混んでいたのであきらめた。普通かちょっと高級めな感じのお店でたらふく中華を食べた。
本当は中華街の路地裏ぶらぶらと写真を撮って歩きたかったのだけれど、3人でまわっていたのであまり好き勝手に歩き回れなかった。

中華街からタクシーに乗って三渓園へ。
三渓園は明治時代の豪商がつくった巨大な庭園。雰囲気としては玄宮園みたいなところだ(彦根の人にしかわからなくてすみません)。
ぼくはどちらかというと、こういうところはあまり興味がないほうだけど、ここでみっちり2時間くらい散策に付き合わされてしまった。三渓園を出るころにはすでに4時をまわっていた。

三渓園から再びタクシーで掃部山公園へ。
掃部山公園はその名前が示す通り彦根に縁のあるところだ。井伊直弼の巨大な銅像が立っている。ここは半分仕事。何枚か井伊直弼象の写真を撮った。

それから、掃部山公園から桜木町の駅のほうへ下って行ってみなとみらい21へ。
ランドマークタワーとか日本丸とかよく写真で見るところだ(デジカメWatchの作例で出てきますね)。ランドマークタワーの下では大道芸なんかもやっていた。
すでに日は暮れかかっていたけど観覧車に乗ることにした。いい大人が3人して観覧車……。
というか、ぼくが無理矢理乗りましょうと言って乗ることになった。基本的に遊園地はあまり興味がないけれど観覧車だけは別格だ。高いところから街が見下ろせるというのはいい。

しかし、せっかくの観覧車もランドマークタワーやその隣のビルに遮られていまいち眺めがよくなかった。
納得いかないので、さらにランドマークタワーにものぼることにした。
世界2位の速さを誇るエレベーターは69階の展望室までわずか40秒。ものすごく速い。
展望室から夢中になって写真を撮って、街を見下ろしながらビールを飲んでしばし休憩。

そして、最後は新横浜のラーメン博物館。
1階がラーメンに関する展示とショップ、地階が昭和初期を再現した街並みになっていて、その中にラーメン屋が点在しているというつくりになっている。夕飯時でお客さんが多くどの店も行列ができていた。
テレビなんかによく出てる佐野実の支那そばやでラーメンを食べた。味は、まあこんなもんかと。

というわけで、長い横浜の1日が終わって新幹線に乗ったのは8時前。
旅行会社も顔負けの横浜観光をみっちり丸1日してきたというわけである。

ほんとうは東京に行ってココカラscandinaviaのtomioさんに会ったり(残念ながら予定が合わなかった)、写真展めぐりをしたりといろいろ考えていたのだけれど、結局東京には行けず……。
ともあれ横浜はとっても気に入ったし、また機会があれば東京方面へぜひ行きたいと思う。

横浜市開港記念会館


RICOH GR DIGITAL + DW-1

ひとまず昨日の写真を1枚。
この横浜市開港記念会館という建物で行われたイベントに参加していた。
さて、まだ横浜にいるのだけれど、今日は横浜を観光して、東京にもちょっと寄ってから帰る予定。

横浜

これから横浜に行ってきます。
出張です、出張。しかも泊まりで。

出張……。
ああ、なんといい響きなんでしょう。

さて、どのカメラを持っていくべきか?

それはともかく、ぼくは大人になってから東京方面にほとんど行ったことがないので、非常に怖じ気づいてたりするわけなんですが……。

僕のコダクローム

There Goes Rhymin' Simon
There Goes Rhymin’ Simon
posted with amazlet on 07.04.19
Paul Simon Warner Bros. (2004/07/13)売り上げランキング: 34253
遅ればせながら、人生初のコダクロームを買った。 で、興味ついでにポール・サイモンの「僕のコダクローム」が入っているアルバム「There Goes Rhymin’ Simon」も買ってみた。

コダクロームは現像プロセスが通常のE-6と違う外式リバーサルで発色が独特というのは知識としては知っていたけど、いままでモノクロ一筋だったからとくに興味がなかった。
ぼくにとってポジといったらプロビアくらいで、どうせどのポジを使っても一緒でしょくらいにしか思っていなかったのだ。

しかし、3月で日本国内の販売が終了するというニュースが流れてから、日本で手に入らなくなるまでに一度は使っておきたいと思うようになった。せっかくフィルムカメラが現役の時代に生まれたのだから、この歴史的なフィルムを一度くらい使っておかないと損じゃないかと思った。

そんなことを思いながらも、あっという間に販売終了の3月はやってきて気がついたら4月になってしまった。もちろん、大手のネット販売ではすでに売っていなかった。都会の店頭ではまだ在庫があるという情報もあったけれど、わざわざ買いに行っているひまもなかった。
いまになってあがいてみても、あとの祭りである。

あきらめかけていたときに、ふとオークションを覗いてみたら、ちょうど6本出品されているのを見つけた。
それで、運よく定価よりちょっと高いくらいの値段で6本手に入れることができたというわけだ。

乳剤番号は、1545。まあ、ぼくの場合は厳密な撮影をするわけではないし、ライカに入れてパシャパシャっと撮るだけなのでロットによる違いは気にしないことにする。というか、これが初めてのコダクロームだからどう違うのかさえわからないだろうけど。

ちなみに、「僕のコダクローム」でポール・サイモンは、「明るい色と夏の緑を僕らにくれる」と歌っている。
コダクロームは渋い発色が魅力のフィルムだけど、きっと当時はカラーフィルムといえばコダクロームが圧倒的に高性能だったのだろう。いまの感覚からしたらベルビアになるんだろうけど。
それから、「Nikon(ナイコン)のカメラを手に入れたんだ」というところも注目。73年のアルバムだから時代的にこのカメラはニコマートFTNとかニコマートEL、もしくはF2というところか。勝手な妄想としては、F2だとちょっとおおげさになってしまうのでニコマートシリーズのほうが似合うんじゃないかと思う。

ともあれ、念願のコダクロームで、さてなにを撮ろうか……。

アジアン


RICOH GR DIGITAL

すっかりアップするのを忘れていたのだけど、先週行った五個荘のカレー屋さん「アジアン」。
彦根周辺はカレー専門店ってあまりないので(ぼくが知らないだけか)、こういうお店は非常に嬉しい。

熟カレーとキーマカレーがメインメニューで、ほかにもグリーンカレーとかあるらしい。ぼくが食べたのはキーマカレー(写真)。

なかなかありでしたよ。
知ってましたか? カレー通のA.T氏?

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